◆◇□◆◇定年敗北者になるまい◇◆□◇◆
3月は定年退職の月。私の体験から言えば「定年後こそ我が人生」である。我々はこれまで、会社にこき使われ、腹が立っても同僚とケンカをせず、上司には暴力をふるわず、言いたいことは腹に納め、妻の不遜な態度に耐え、不当に少ない小遣いで我慢し、安い飲み屋を探し、誘われても不倫をせず、健康に気をつかい、雨にも負けず、風にも負けず、夏の暑さや冬の寒さにも欠勤せず、有給休暇は決して完全消化をせずに迎えた定年だ。
やっと会社から開放された。子どもは成人して親に責任はない。収入は不十分だが年金が入り、毎日が有給休暇だ。両方のポケットには溢れる自由がある。趣味でも、ボランティア活動でも、まだ訪ねていない未知への探訪でも、やりたいことが好きなだけできる自由を初めて手にしたのだ。
今まではその準備期間であり、このチャンスを活かさなければ、長年、妥協し辛抱し耐え我慢して生きてきた値打ちがない。
それを「もう10歳若かったら・・・・・」とか「もう歳やから・・・・・」と、終日をテレビの前で無為に過ごし、自由を活用しない人間は怠け者の「定年敗北者」だ。
そればかりか、若い人達に希望が持てない社会にした責任は、戦後世代の我々にある。その罪を少しでも果たすのが我々の責務だ。
子や孫やひ孫。50年先の日本社会を見すえ、次世代に手渡すべき課題を自覚し、手にした自由を大いに活用し、決して「定年敗北者」にならない。これこそ輝く晩年ではないのか。
落語作家・笑工房代表 小林康二 作
連合通信・特信版 2012年3月5日号より